対話編 一目見て

都心郊外のマンションの一室。朗らかな陽がリビングの窓に射している。ある夫婦が、ソファに座り、テレビを見ながら、くつろいでいる。夫が思い出したように口を開いた。

 

夫:よう、お前よう、島津亜矢って、知ってる?

妻:誰、それ? 変なビデオに出てる人?

夫:ビデオって・・。今なら、せいぜいDVDにしろよ。

妻:だって、電話だってリンリンって言うし、チャンネルだって回すっていうじゃない。メタファーよ。慣用句みたいなもんよ。

夫:メタファー? 慣用句? なら、差し詰め、おいらのカミさんは、ピーマンだ。

 

乾いた音がした。夫が頬をさすりながら続けた。

 

夫:島津亜矢って歌手だよ、歌手、演歌歌手。「島津亜矢を想ひて」って、ホームページの管理人が、歌が上手いって、言ってるぜ。なんだか、怪しい奴だけど。

 

妻がホームページを見せるように言うと、夫が寝室からノートパソコンを持って来た。

 

妻:この管理人、日本語知らないんじゃない? 想いのいが「ひ」になってる。バカなんじゃない?

夫:これ、旧仮名使ってんだろ。古典と同じだろ。お前、メタファーなんて知ってるくせに、旧仮名知らねえんだ? やっぱり、ピーマンなんだな。

 

再び乾いた音がした。両頬を真っ赤に染めながら、夫が言った。

 

夫:なんかよ、この管理人よ、ずいぶん熱上げてるみてえだぜ。ただのオヤジのくせに、だらだらと御託並べてるよ。

妻:聞いたことあるの?

夫:何を?

妻:歌よ。

夫:何の?

妻:この人の。

夫:この人って?

妻:島津亜矢よ。

 

夫:島津亜矢? ああ、お前知ってる? 「島津亜矢を想ひて」って、どっかの怪しい奴が作ってるホームページで、歌が上手いって、言ってるぜ。

妻:だから知らないわよ。

夫:何で?

妻:聞いたことないもの。

夫:ああ、歌か?

妻:ええ、歌よ。

夫:誰の?

妻:だから、島津亜矢って歌手の?

夫:ああ、そうだそうだ。お前、島津亜矢って、知ってる? どっかのバカ管理人が・・・

 

今度は、鈍い音がした。夫が、鼻にティッシュを詰めながら、ふうふう言い出した。

 

妻:島津亜矢は、知らないからね。歌も聞いたことないからね。

 

夫が、はふはふするように、何度も頷いた。すると、妻が気づいたように言った。

 

妻:あら、このサイト、動画リンク張ってるじゃない。あんた、見た?

 

夫が、天井を見上げながら、首を横に振った。ティッシュが、ひゅうひゅう鳴る中、妻が動画リンクをクリックした。

 


- TEICHIKU RECORDS -

 

映像が終わると、しんとした空気になった。しばらくすると、夫が口を開いた。すでに鼻のティッシュがなかった。

 

夫:よう、なんかよ、島津亜矢って、ちょっと違うよな。

妻:何が?

夫:なんかよ、こうよ、胸が熱くなるというかな。上手いっていうだけじゃなくて、なんていうのかな、こう心の底から上がって来るというか、震えるというか、なんて言うかな、

妻:もしかして、魂?

夫:そうそう、魂、魂。ソウルがあるよ、ソウルが。日本のソウル。

 

妻が笑った。そうして、続けた。

 

妻:たぶん、この人、歌の魂が宿ってるのよ。上手いだけじゃない、何かを感じるもの。

夫:そうだよな、その通りだよな、おれも、そう感じるよ。

妻:きっと、歌手になるために、生まれて来たのよ。そうじゃないと、説明できないもの。

夫:そうだ、そうだ、その通りだ。

 

妻:歌が上手い人は、どこにでもいるけど、それだけじゃだめなのよね。

夫:そうだ、そうだ、その通りだ。

妻:上手いに、プラスアルファがないと、プロじゃないわよね。それが、あたしたちみたいな一般人とは、違うのよね。

夫:そうだ、そうだ、その通りだ。たとえ、一般人のピーマンでも、口先だけは、負けないぞ。いや、口から先に生まれたぞ!! ついでに、手も先から出て来るぞ!!

 

パチンと鳴った。今度は、夫が頭を抱えた。

 

妻:でもね、けどね、振袖は、ちょっとね。

 

夫が、頭をなでながら苦笑いし、応えた。

 

夫:でもよ、やっぱりよ、歌手は歌だよ。歌が下手だったら、どうしようもねえよ。

妻:そうね、その通りね。そりゃ、そうだわね。

夫:おっ、珍しく、ピーマンが良いこと言った。ああ、口から先に生まれたから、当然か!!

 

夫が身構えた。妻が黙っていた。夫が、ほっとした瞬間、ぷちんと音がし、腹を抱えながら、その場にうずくまった。妻は、気にせず、別の動画を視聴した。どことなく、驚きながらも、朗らかな表情になっていた。

 


- TEICHIKU RECORDS -

 

夫が、コホコホしながらも、妻に言った。

夫:このバカ管理人によると、島津亜矢には、カバーが似合うようだよ。

妻:へえ、誰のカバー?

夫:バカ管理人は、中島みゆきも好きみたいだから、中島みゆきが良いみたいだ。

妻:あら、いいじゃない。みゆき。あたしも好きよ。

 

夫:そう、そうなの、そうなのかあ。実はな、おれもなんだけどな。どれがいい、何がいい、カバーしてもらうなら。

妻:あたしは、「ひとり上手」がいいなあ。ああ、「わかれうた」もいいなあ。

夫:ふん、古いな。年が出るな。

妻:じゃあ、あんたは、何よ?

夫:「アザミ嬢のララバイ」

妻:もっと古いジャンか!! それに、このサイトに、もうレビューがあるわよ。

 

 

夫:でもよ、なんかよ、こういう歌手がいるっていうと、あれだな、

妻:何よ?

夫:歌は、決して顔じゃない!!

妻:^^

 


- TEICHIKU RECORDS -

 

—– 了 —–

 

- この物語は、管理人のイメージに基づいた架空のものです。 -

 

 



記事リンク 新曲&年譜 ご感想