亜矢ちゃん心にオヤジが惚れて 名月赤城山

先の記事において、ムーンライト伝説を取り上げました。島津亜矢ならアニソンでも十分イケる、というようなことを述べましたが、昨年(2015年)11月3日に放送された「歌謡コンサート」の中で披露されました。

 

実は、「ムーンライト伝説」のほかにもう一つ、島津亜矢が歌い上げた曲があります。それが「名月赤城山」です。おそらくファン層を考えれば、「ムーンライト伝説」よりも「名月赤城山」の方がお馴染みのカバーでしょう。CDアルバムに収録されていたり、BS「日本のうた」などでも披露され、わたしも何度か見聞きしていますが、やはり上手いと言わざるを得ません。

 

今回取り上げる「歌謡コンサート」の「名月赤城山」も、もちろん同様な感想です。けれども、さらに拍車が掛かり、わたしのようなセリフ入り歌謡に疎い者でも、素晴しいと言いたくなります。特に「別れ別れになる門出だ」というセリフ後に、何回見ても、う~んと唸るのみです。そうして、心の中で「よっ、日本一!」などと叫んでいます。おそらく今の歌手の中で、こういう曲で引き込ませてくれる人は、島津亜矢しかいないのではないでしょうか?

 

 

しかし、セリフ入り歌謡が大衆に喜ばれていたのは、もしかしたら1960年代までかもしれません。日本社会が高度成長を遂げた後は、ますます洋楽の影響が強くなり、わたしが子供の頃に親しんでいたニューミュージックなども、その類いに入るでしょう。知らぬ間に、歌の中にセリフが入ることに違和感を持ってしまうようになり、時折フォーク調の曲などで披露している歌手を見たことがありますが、こちらが気恥ずかしくなるようでした。もっとも、これはわたしの感覚であり、曲によって感じ方が変わることも確かです。

 

現に島津亜矢が披露しているセリフ入り歌謡の中には、わたしのような者では、到底好きになれないものがあります。あまりにも情熱過ぎて、ついて行けないというのが本音です。とりわけ、近松モノに似た曲については、わたしは大の苦手であり、このサイトの中でも何度か言及しています。

 

しかし、「名月赤城山」に関しては、懐メロ番組などで見たことがあり、曲自体は知っていました。東海林太郎の代表曲でもあり、直立不動で歌う姿も目にしたことがあります。また、民放で東海林太郎を描いたドラマが放映されていたことも、記憶の片隅にあります。高度成長が成し遂げられた頃に生まれたとはいえ、まだまだ周囲には、多少なりとも、過去とのつながりを感じさせるものがあったのかもしれません。

 

こういうことから、セリフ入り歌謡に疎いとはいえ、「名月赤城山」に関しては、自然と耳を傾けることができます。また、先述しているように、島津亜矢版も見聞きしています。しかし、最近の彼女に見受けられる落ち着きが、今回取り上げている「名月赤城山」にも感じられ、余計に歌とセリフの兼ね合いが引き立ち、見ている者に伝わる度合いが大きくなったように思います。「ムーンライト伝説」と同様、オーケストラの演奏でしたが、嫌になるような演出もなく、島津亜矢の良さが際立ったことは確かでしょう。

 

やればできるじゃねえか、皆様の公共放送、と思いましたが、歌番組であるので、歌手をメインにすることは、当たり前でしょう。しかし、相変わらずカメラが下手だと思いました。コンセプトを大事にすべきであると、素人ながらに思いますが、皆さんは、どのようにお考えになるでしょうか?

 

ともあれ、今回のような島津亜矢の姿を地上波テレビで見ることができるのは、大変喜ばしいことです。こういうものをどんどん放送して欲しいですが、まだまだ「見えない壁」を突破することが、皆様の公共放送ばかりでなく、ほかの民放テレビ局にも必要なのかもしれません。もっとも、とっくの昔にテレビに何かを求める時代は過ぎたと思いますので、島津亜矢が出演しなければ、わたしのような者が見ることは決してありませんでした。(^o^)

 

歌詞 : 名月赤城山 (Uta-Net:島津亜矢版、動画あり)

 

ただし、一つだけ思うことは、こういうセリフ入り歌謡では、「遊び」があっても良いように感じます。島津亜矢の良さでもあり、悪さでもあるのでしょうが、「クソ真面目」に歌い切っているように思います。笑顔を見せていますが、わたしが言っている「遊び」とは、そういうものではなく、少し調子を外したり、抑揚を変えるなどです。

 

おそらく歌謡浪曲も、セリフ入り歌謡の一種でしょうが、一流と言われる歌手の中には、調子を外して歌っている人もいます。わたしのような者には、それを「遊び」と感じます。しかし、島津亜矢の「名月赤城山」を鑑賞しながら、調子を外しているのは、演奏に自分を合わせるのではなく、自分に演奏を合わせさせる歌い方では、と思いました。これはなにより、その時の中心がどこにあるのかを示しているようにも思います。表現が適切かどうかは分かりませんが、歌手の自在さの表れかもしれません。

 

ともかく、生意気なようですが、もう少し「遊び」があれば、島津亜矢にもさらに広がりが出るのでは、とも思っています。

 

今回も、まとまりのない記事となりましたが、最後までお読みいただけましたら、誠にうれしい限りです。次回もまた、よろしくお願いします。

 

 



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