「大人」のCDアルバム Singer2

本年(2013年)9月に発売された「Singer2」をようやく入手できました。トップページに広告を載せていながら、管理人自体の入手が遅く、本当にいい加減な奴だ、と我ながら思います。(^o^) けれども、スポーツ競技と同様、全ては結果論。入手がまだの方は、これからお話することをご参考にいただければ、幸いです。

 

さて、結論から言えば、個人的には、満足です。知っている、あるいは、懐かしい曲などが多く、わたしには、身近に感じられ、それだけで大いに楽しめるCDアルバムです。特に、このサイトでも歌って欲しいと書いていましたが、「かもめが翔んだ日」は、期待通りでした。わたしが、幼い頃にリリースされ、渡辺真知子のデビュー曲であり、代表曲です。おそらく似合うだろうと思っていましたが、それは当たっていたかな、と手前味噌な感じです。この勢いで、「迷い道」や「唇を熱く君を語れ」もお願いしたいところですが、本人や関係者がどのように思うかは、当然、推し量ることもできません。やはり、密かに期待している方が、一介の40代オヤジには、無難な選択でしょう。(^o^)

 

 

また、「シルエットロマンス」も聞き応えがあります。これも、わたしが幼い頃にリリースされ、おそらく「かもめが翔んだ日」と同時期でしょう。大橋純子の曲も、島津亜矢には、似合うだろうと思っていましたが、これもまた、その通りだと思います。さらに、「わかって下さい」も、見事に歌い上げていると思います。この曲も、「かもめが跳んだ日」や「シルエットロマンス」と同時期のリリースで、70年代の香りがする曲です。わたしの場合、少し年齢を重ねてからじっくり聞いたことがありますが、オリジナルよりも、クセが少なく、やはり、島津亜矢の方が好きです。(^o^)

 

また、「When a Man Loves a Woman」も、堪能できる一曲です。このサイトでも述べていますが、島津亜矢には、ソウルが似合うと思います。彼女の持ち味である、空へ駈け上がるような声量が、そう感じさせるのでしょう。もっと島津亜矢のソウルを聞いてみたいですが、どこかで「日本」も感じてしまい、非常に心地良く感じられます。ある特定の人々には敬遠されてしまうでしょうが、やはり、島津亜矢は、ジャパニーズ・ソウル・シンガーのように思います。(^o^)

 

 

以上のほか、興味深く感じるのが、「ジョニィへの伝言」です。この曲は、「BS日本のうた」で門倉有希も披露していました。もちろん、このサイトでも何度もお話していますが、チャンネル銀河の再放送版です。門倉有希については、最近、このサイトにも記事をアップしましたが、彼女の「ジョニィへの伝言」も聞き応えがあると思います。島津亜矢とは、また違った力強さがあり、そうでありながらも、弱さも感じられ、二重の魅力があるように思います。

 

こういうことも関係しているのでしょう。門倉有希の「ジョニィへの伝言」には、どこか悲壮感が漂っているようにも感じます。けれども、そうであるからこそ、わたしのような者には、身近な存在に感じられます。もっと言えば、「葛藤」を表現するのが上手いようにも思います。「葛藤」をキーワードにすれば、正直、島津亜矢よりも門倉有希の方が好きです。

 

このサイトのレビューでも似たようなことを書いていますが、島津亜矢の場合、「葛藤」があっても、表現の段階で、自己解決しているように思います。それが彼女の明るさであり、力強さであり、優しさにも通じているのでしょう。しかし、門倉有希の場合、そういう自己解決よりも、ストレートに投げかけてくるように思います。だからこそ、わたしには、中島みゆきに似ている面があるな、と感じられます。この点を踏まえると、二人の「ジョニィへの伝言」には、面白い違いがあるかもしれません。

 

歌詞の中に「二時間待ってた」とありますが、門倉有希の二時間には、どうしても、生真面目な二時間を感じてしまいます。ひどい時には、生き死に関した二時間のようでもあり、伝えられた方は、相当慌ててしまうのでは、と感じます。しかし、島津亜矢の場合、同じ二時間でも気楽な二時間であり、冗談が入っていても問題ないようで、よりアバウトな感じがします。これは何より、彼女の大らかな感じが、聞いているわたしにも伝わって来るのでしょう。

 

 

もちろん、上記のことは、わたしの勝手な思いになりますが、同じ実力派でも、それぞれの持ち味があり、わたしのような者でも、違った感じに聞こえるのでしょう。これもまた、表現の面白さであると思います。しかし、島津亜矢の「ジョニィへの伝言」は、CD収録曲なので、門倉有希のようにステージでの生声で聞いてみたいものです。これは、「かもめが翔んだ日」、「シルエットロマンス」、「わかって下さい」や「When a Man Loves a Woman」でも、同様に思っていることです。

 

 
 

けれども、もしかしたら従来からのファンであれば、物足りない感じがあるかもしれません。このサイトでも、大地からの声、と表現している記事がありますが、「Singer2」には、そういう持ち味が薄いと思います。皆無とは言いませんが、かなり少ないことは確かでしょう。そのため、「いつもの亜矢ちゃん」を期待しているのであれば、あまり楽しめないかもしれません。

 

 

そうは言っても、持ち味というものもまた、一面的なものでしょう。力量からすれば、色々な曲を歌いこなせるため、声量を抑えなければいけないものでも、十分対応できると思います。それを良しとするか否かは、聞き手側の問題でもあるように思います。こういう「いつもの亜矢ちゃん」が薄いからでしょうか? 「Singer2」は、全体的に聞きやすいアルバムであると思います。前回の「Singer」では、プレスリーの曲などもあり、必ずしも聞きやすいとは言えません。けれども、「Singer2」では、そういう曲が皆無と言えます。確かに悲しい曲はありますが、さらりと歌いのけている感じがします。もっとも、わたしの好きな曲、あるいは、知っているものが、何曲か収録されているので、聞きやすいと感じた原因の一端にもなるかもしれません。

 

ただし、このサイトでも何度か指摘していますが、CDでは、デジタルの特性上、機械的な感じが強いように思います。商品であるため、より洗練されたものを収録することは、当然であると思います。けれども、リサイタルDVDに見られるような「人間臭さ」が薄いように思います。これはなにより、映像と音声の違いになるのでしょうが、音楽は、人に刺激を与えるものであり、そうであるからこそ、忘れられない曲などが出て来るように思います。あまりにも機械的な音であると、冷たい感じばかりで、やはり「人間臭さ」が足りず、「キレイ」なばかりが音楽ではないとも思っています。これはビジュアルで売っていない島津亜矢にも共通するかと思いますが、熱狂的なファンなどに誤解を与えるようなので、この辺りで終わりにしておきます。(^o^)

 

ともあれ、「Singer2」は、全体的に聞きやすく、構える必要のないCDアルバムであると思います。人によりけりでしょうが、気軽な感じで聞くことができ、始終流れていても、邪魔には感じないでしょう。また、これは、先述している大地からの声と関係しているかもしれませんが、全体的に、都会的な雰囲気がします。表現が悪いですが、「いつもの亜矢ちゃん」が田舎臭いのであれば、「Singer2」は、コンテンポラリー風と言えるでしょう。別な言葉を使えば、「いつもの亜矢ちゃん」が大衆居酒屋に似合うのであれば、「Singer2」は、バーが似合うと思います。高級か否かは別にしますが(^o^)、カウンターでグラスを片手にしながら聞き入るには、お似合いかもしれません。独りの世界に入りたい時にも、効果的でしょう。

 

上記のようなことを鑑みれば、「Singer2」は、CDジャケットが、全体の特徴を表現しているように思います。わたしにとって、「いつもの亜矢ちゃん」には、母親を感じますが、「Singer2」では、女性を感じます。しかも、持ち味である近松のような女性ではなく、都会的な感じの女性です。もっとも、語弊があるかもしれませんが、その女性は決して東京育ちではないと思います。いずれにせよ、「Singer2」には、整然とした街並みとその中での静と動が、感じられます。そうであるからこそ、「大人」のCDアルバム、というのが適切では、とも思っています。

 
 

ところで、これはわたしの穿った見方かもしれませんが、島津亜矢が、いわゆるポップス調の歌謡曲を唄うと、どうもなんだか松田聖子のように感じてしまいます。リサイタルで「青い珊瑚礁」などを歌っているので、違和感がないと言えば、そうなるでしょう。けれども、意外に松田聖子が好きであったり、あるいは、結構、影響を受けているのでは、とも思ってしまいます。しかし、それも当然と言えば、当然でしょう。

 

人の形成には、環境が大きく作用すると思いますし、彼女はわたしと同時代に幼い頃を経ているので、自然とメディアの影響を受けるでしょう。幼い頃では、松田聖子と言えば、スーパーアイドルでした。わたしが通学していた小学校の担任女性教師も、聖子ちゃんカットをしていました。それだけ、時代の空気を吸い込んでいたのでしょう。子供であれば、なおさらであると思います。かくいうわたしも、あまりにも砕けた話になると、ビートたけしのようになり、東北弁をマネると、志村けんのようになります。これもまた、時代の影響であり、無意識の産物かもしれませんが、気づいているだけ、まだマシかもしれません。

 

しかし、正直なところ、80年代はあまり好きではなく、むしろ、70年代の方に親しみを感じます。もっと正確に言えば、80年代半ば以降から90年代初頭の頃が嫌いで、ちょうどバブルの時期と重なる頃です。アッパラパーな雰囲気があり、個人的な思い出にもあまり良いものがなく、リアルタイムの経験があるとはいえ、否定したい時代でもあります。現在、景気回復の兆しがあるようですが、バブル復興を狙っているのであれば、そんなものはお断り、と直感的に拒否反応が出てしまいます。(^o^)

 

また、少し生意気ですが、「Singer2」を聞きながら、「亜矢ちゃん、英語の発音が上手くなったなあ」と思いました。たとえば、「S」の発音が「シ」ではなく、「シィ」と発音しています。このサイトで、「I Will Always Love You」を歌った島津亜矢のことを記事にしていますが、英語の発音に関しては、当時よりも上手くなっているのは確かでしょう。おそらく相当練習したのでは、などと勘ぐってしまいます。

 

もっとも、それこそがプロであり、見えない努力が表に現れたということでしょうか? わたしも、40過ぎだ、と言い訳せず、できるだけ自分を甘やかさないようにしたいと思います。(^o^) ぐだぐだと勝手なことを述べて来ましたが、少しでもお役に立つようなことがあれば、作成者として、誠にうれしい限りです。そう言えば、この記事を作成中、今年(2013年)の紅白出場歌手が発表されました。毎度のように、島津亜矢の名はなく、また、門倉有希もありませんでした。ファンの中には、文句を言いたい人もいるかもしませんが、わたしは、正直、ホッとしました。

 

このサイトでも触れていますが、紅白のような大衆向け番組は、すでに過去の残滓のようであり、そういう番組で、歌手の実力云々が問われることもないように思います。わたしは、業界の人間ではないので、正確なところはわかりませんが、大晦日の放送でもあるので、よりポピュラーな歌手を集めたいのでしょう。今の歌手は、80年代の頃に比べれば、歌唱力のある人が多いと思いますが、それでも、数多くの人に見てもらえなければ、テレビではないのでしょう。より正確に言えば、地上波テレビのポピュリズム、ということです。

 

 

ふと、こんな言葉が浮かびました。「たとえNさんでも、数字には勝てません」公共放送とは何かをきちんと考えるべきかもしれません。

 

長くなりました。今回は、これまでになります。気まぐれな管理人のため、次回が何時になるかわかりませんが、新記事をアップしましたら、またよろしくお願いします。

 

参考 : 島津亜矢レビュー

・ ジャパニーズ・ソウルの本領 CDアルバム Singer

・ オールマイティーな安定感 Singer3

 

 



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