魂の宿った飛翔感 望郷じょんから

ファンの方なら、すでにご存知かもしれません。現在、CATVのチャンネル銀河で、「BS日本のうた」が再放送されています。ずいぶん前からのようですが、わたしは、去年の春頃に知り、島津亜矢が出演している回のみ、視聴しています。(^o^) しかし、去年の夏頃から、同じものが繰り返され、年末辺りから、別な回がスケジューリングされるようになりました。今月(2013年3月)に入り、午前と夜の2回、再放送されるようになっています。そんな中、先日(2013年3月7日)、島津亜矢の「望郷じょんから」を視聴しました。

 

 

先月末(2013年2月)、念願だった液晶ディスプレイを購入し、ノートパソコンで見ることを卒業できました。フルHD表示ができ、auTVサービスでも、問題なく利用できます。今の時点では、大変満足であり、やっぱり大きな画面で亜矢ちゃんを見れるのはいいなあ、などとオヤジ気分に浸っています。(^o^) 環境が整った中で、島津亜矢を視聴でき、チャンネル銀河の「BS日本のうた」では、自分が知らなかった頃の映像になるので、大いに楽しんでいます。また、「BS日本のうた」のホームページで、過去の曲目を確認し、今度は何を歌うのか、時折チェックしています。こういうことから、島津亜矢が「望郷じょんから」を歌うことは、放送前に知っていました。

 

 
 

「望郷じょんから」は、細川たかしの曲で、昭和60年のリリースです。わたしは、当時、すでに洋楽、特に、兄たちの影響でヒップホップやファンクを聞いていたので、歌謡曲や演歌については、それほど興味がありませんでした。このため、曲名を聞いてもピンと来ることはなく、リリース年から、もしかしたら耳にした程度かな、と思っていました。案の定、サビのところで、聞いたことがある、と思いましたが、ほとんど知らない曲と同じであり、島津亜矢のおかげで、初めてフルコーラスを聞きました。

 

視聴後の感想は、一言で表わすなら、素晴しいでしょう。歌の始めに、アカペラのような節があり、正直、それを聞いただけで、鳥肌が立ちました。曲が進むにつれ、胸が熱くなり、つい聞き入ってしまいました。しかも、恥ずかしい話ですが、涙もあふれ、数年前に島津亜矢のコンサートを見に行った、母の言葉を思い出しました。

 

「上手すぎて、涙が出そうになる」

 

残念ながら、わたしはまだ、島津亜矢のコンサートへ行ったことはありませんが、「望郷じょんから」を聞いて、やっぱり、亜矢ちゃんは、生声が一番だなあ、と思いました。(^o^) 最近になって、リサイタルDVDも集まり出し、チャンネル銀河の再放送と共に、島津亜矢が出演する「BS日本のうた」や「歌謡コンサート」を、NHKオンデマンドで購入し、今の姿も目にしています。少しはファンらしくなったかな、とは思っていますが、性格上、夢中になっても、熱狂はしないだろう、と思っています。(^o^)

 

ともかく、上記のように、少しは追っかけをしているので、映像であっても、生声を聞き、その度に、独り聞き入っています。できる限りCDも集めていますが、CDの音源は、クリア過ぎる感じがします。もちろん、島津亜矢の上手さに変わりはありませんが、あまりにも、ハッキリし過ぎていると、人の声も機械音のように感じてしまいます。当然、CDにはCDの良さがあり、好んでいる人も多いことでしょう。しかし、たとえ映像でも、ライブは大いに異なると思います。

 

すべてのケースがユニークで、同じ曲でも、バンドなどが違えば、曲調も変わるでしょう。歌手であっても、その日の調子などで、微妙に異なるかもしれません。おそらくプロであったら、上手く行った、と実感できる時は、本当に少ないかもしれません。観客が満足していても、歌手本人は、自己評価で物足りない、というケースも、多々あるかもしれません。広く見れば、仕事一般にも当てはまり、一日の仕事で完全に満足した、ということは、そうそうあり得ないと思います。しかし、こうであるからこそ、人が為すことであり、人がやる喜びでもあり、苦しさでもあり、楽しさでもあり、難しさでもあると思います。

 
 

上記のようなことを鑑みた時、チャンネル銀河で視聴した、島津亜矢の「望郷じょんから」は、見事にはまっていると思います。演奏もそうですが、島津亜矢の歌声も、素晴しいです。ありきたりな表現なので、あまり好きではないですが、本当に感動しました。このサイトでも、何度も触れていますが、島津亜矢の歌声には、魂を感じます。チャンネル銀河での「望郷じょんから」には、それがより強く現れ、津軽三味線の乾いた音色が、さらに木霊しているようです。試みに、オリジナルの細川たかし版も、インターネットで視聴しました。さすがに持ち歌で、重厚感があり、どっしりとした力強さがあります。けれども、わたしは、島津亜矢版の方に、心が惹かれてしまいます。

 

これは、わたしの心の共鳴でもあり、ひいき目に見ているからこそ、起こっているのかもしれません。しかし、島津亜矢の「望郷じょんから」には、心の奥底から飛翔するようなものが、溢れ出ていると感じます。何度も繰り返し聞いてしまいましたが、いつも涙が出て来るようで、聞き惚れるとは、こういうことをいうのでしょう。おそらく、これは、情念にもつながっていることかと思います。わたしは、ふと、太宰治も連想しました。「望郷じょんから」の歌詞に、津軽が出て来ることも関係しているのでしょうが、太宰治が幼い頃に目にしたという地獄絵図を、自然と思い出しました。

 

 

もちろん、「望郷じょんから」には、こういう怨念にも近いようなものが、表現されているとは思いません。島津亜矢の歌い方も、怨念ではなく、あくまで故郷への思いを込めたものでしょう。けれども、情念につながることは、地獄にも通じような感情の奥深さでもあり、魂にも触れるものだと思います。わたしの言葉にすれば、地獄にも天国にもなるような心の底の情、ということです。

 

ご承知のように、島津亜矢は、歌謡劇場などで、感情の吐露を表現しています。正直、男と女がテーマばかりなので、苦手意識から抜け切ることができません。そんなことを言いながらも、島津亜矢の「望郷じょんから」に魂を感じ、聞き惚れてしまうので、自分で自分のことを変な奴だ、と思ってしまいます。(^o^) しかし、決定的に異なる点は、飛翔だと思います。相通じるような感情であっても、方向によって、大いに変わると思います。男女は、あくまで下向きであると思います。しかし、島津亜矢の「望郷じょんから」で感じるものは、上向きであると思います。地に立ちながらも、天に向かっていくような感じであり、これは、「流れて津軽」にも共通しているように思います。

 

 

また、忘れてならないのが、視聴した日が、2013年3月7日ということです。すでにお分かりになった方も多いでしょうが、その日から四日後は、東日本大震災の日です。あれから二年が経ちますが、まだまだ問題が山積みのようです。わたしにとっては、特に、母の故郷であり、幼い頃から「田舎」として親しんで来た原町に、思いを馳せてしまいます。避難地区などが変更されていても、常磐線が全線復旧した訳ではなく、数年、あるいは、十年単位のスパンが必要かもしれません。「田舎」へ行くことはできますが、70代後半の母が、元気なうちに、以前と同様、上野発で東北太平洋岸を北上する常磐線に、再び乗車できるようになるかどうかは、不透明な状況です。わたしは、浦和で育ち、「田舎」の出身ではありませんが、どこかで「古里」と同じようなものを感じてしまっているようです。望郷とは、掴みたくても掴み切れない、もどかしい思いでもあるのでしょう。

 

 
 

いずれにせよ、わたしの個人的な思い入れが、出てきてしまう程、島津亜矢の「望郷じょんから」には、魂の宿った飛翔を感じます。恥ずかしながら、チャンネル銀河で視聴してから、CDアルバム「BS日本のうた III」にも、「望郷じょんから」が収録されていることを知りました。CDを持ちながらも、きちんと聞いていませんでした。チャンネル銀河で視聴後、CD版にも、耳を傾けました。こちらもまた、見事に歌い上げていると思います。しかし、先でも触れているように、CDの音源はクリア過ぎます。敢えて比較するなら、やはり、ライブ版の方がお気に入りです。

 

関係ないようですが、視聴に満足できるような環境が揃うと、仕事(在宅)が疎かになります。島津亜矢ばかりでなく、そのほかでも、楽しんでいるものがあり、BBC World Newsとともに、この時期なら、WBCです。ながら可能な環境であり、わたしが受験生であったら、あまり勉強に身が入らなかったことでしょう。けれども、仕事で無理をしても、ゆっくりできる環境でもあるので、
それを目標に、また自分で自分に鞭を打とうかと思っています。当然、無理の後に、島津亜矢を視聴しながら、ゆっくりすることが、おそらく、目的化することでしょう。(笑)

 

今回も、あまり良い文章ではなかったですが、ここまでお読みいただけましたら、誠にうれしい限りです。いずれ新しい記事をアップしますので、その時もまたよろしくお願いします。

 

 

参照

Wiki : 望郷じょんから



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