星霜を重ねれば重ねる程、共感が生まれ出る一曲 大器晩成

島津亜矢のCDマキシシングル「大器晩成」がリリースされたのは、今から約6年前になります。ファンの方々なら、すでにご存知でしょうし、これが一番、という人も多いかもしれません。かくいうわたしも、嫌いな一曲ではなく、わたしの母においては、「北島三郎が作った『あの格好良い曲』」と言っています。格好良いも、実に主観的な言葉のように思います。(^。^)

 

島津亜矢の「大器晩成」は、彼女の曲の中でも、広く知られ、なおかつ、大変人気のある歌のように思います。端的に言ってしまえば、テイチク公式ホームページのキャッチコピーにある自分が主人公になって歌いたくなるに尽きるでしょう。けれども、このページは、素人が運営しているサイトとはいえ、島津亜矢のレビュー・コーナーです。以下、拙いながらも、自分の想いを述べていきたいと思います。

 
 

まず、「大器晩成」を初めて聞いた時、どことなく元気が出て来るように感じました。彼女の大地からあふれ出て来るような歌声が、この曲にマッチしているようにも思いました。島津亜矢の歌声には、魂、すなわち、ソウルがあると、このサイトでもお話していますが、その魂が、「晩成」への意志と見事なハーモニーを奏でているように思います。

 

「大器晩成」は、ご承知のように、中国の故事から生まれ、出典元は、「老子」となっています。時を経るにつれ、変化してきたとはいえ、大元の意味は、現在の日本で解釈されていることと通じ合うかもしれません。つまり、「大人物ほど、年を重ねて成功する」というものです。島津亜矢の「大器晩成」にも、「大器晩成 あしたにかける」あるいは、「大器晩成 地道な努力」などとあり、四字熟語の意味を踏襲していると言えます。

 

 

こういう肯定的な要素が、多くの人々に好まれている理由かもしれません。大人物、とはいかなくても、わたしの場合であれば、しがないSOHO従事者として、コツコツ働き、人生の終わりで笑えればいい、という気持ちがあります。少々大袈裟なことを言えば、歴史というものは、大人物ばかりが、主人公ではなく、そこには、多くの無名の人々も関わっています。そういう人々にも、泣き笑いがあり、喜怒哀楽とともに、必死になりながら、人生を送っていたことでしょう。

 

こういう目に見えない人々の叫びは、色々なものに代替されることで、昇華されているように思います。かつての代表的なものであるなら、祭りであり、非日常の行為として認められ、そこには、人々の様々な想いが込められていたと言います。あるいは、そういう想いを特定の表現者たちが掬い上げ、一般民衆がそれを鑑賞することで、心の安らぎなどを得ていたとのことです。日本で言えば、歌舞伎や狂言などが典型的なものであり、古今東西、同様な現象があるように思います。

 

現代であるなら、歌手はもちろんのこと、俳優、映画監督、小説家などが、民衆の代弁者のような役割を担っているように思います。しかし、そうだからこそ、有名人のゴシップなどを読み、時に「過剰な常識」を求めたり、時に引きずり降ろそうとするのでしょう。もちろん、マスコミが都合のいい代弁者になっていることも、否定できないように思います。上記のようなことは、「聖賎の関係」とも言え、異人論という立場から、種々語られていますが、話がまるっきり変わってしまいそうなので、このあたりで、終わりにしておきます。(^。^)

 

とにかく、島津亜矢の「大器晩成」には、大いに共感できるものがあり、演歌の特徴とも言える、時が経てば経つほど味が出る、という要素もあり、いまだに人気の衰えない理由にもなっているように思います。おそらく20代、あるいは、30代前半までであるなら、「大器晩成」のような曲は、説教臭いように感じるかもしれません。かく言うわたしも、きっとそのように思っていたことでしょう。けれども、時は優しく、なおかつ、残酷であるように、40にもなると、「大器晩成」のような曲に、説教臭さを感じなくなっています。自分で自分に対し、人としての不思議さを感じています。

 

そう言えば、「大器晩成」が約6年前にリリースされたとお話しましたが、その年は、わたしの転機にもなっています。個人的なことをお話すると、実に恥ずかしい限りですが、「大器晩成」がリリースされた直後、わたしは、二度目の独身生活に入り、なおかつ、メスの柴犬と暮らし始めました。当時は、島津亜矢のしの字も、あの字も知らず、ただただ派遣社員として、その日を過ごしていくことのみを考えていました。しかし、慣れや諦め、あるいは、回帰と呼べるものに気付き、日に日に二度目の一人暮らしに満足していきました。今では、すっきりした気持ちになっている、というのが本音です。(^。^)

 

島津亜矢には、色々なことを呼び覚まされ、新しい発見もさせられ、特に彼女のカバー曲を聞く度、いつも何かを得ているように感じます。「大器晩成」の最後に、「刻みつけようこの大地」とあります。このフレーズを耳にする度、故事成語と同様、晩年に成功すれば、と思いながら、過去の自分の映像が、脳裏を駆け巡り、ああやっぱり、今、があればいい、などとも思っています。

 

 

ただし、性格上、ひねくれたことを言えば、努力したって、天分の才には叶わず、映画「アマデウス」などが、そういう点を見事に表現しているように思います。また、ピント外れの努力は無駄になる、ということも、生意気ながら、経験から得たことです。(^。^)

 
 

ところで、「大器晩成」の生みの親である老子は、荘子とともに、老荘思想として、広く知られています。特徴を簡単に言えば、、無即有、有即無のように、異なったものの同一性などを説いたことです。おそらく仏教を勉強した方なら、中国仏教の礎となったのが、老荘思想であることをご存知かもしれません。わたしの言葉にすれば、老荘思想は、逆説や弁証法に似たようものを含んでいます。

 

老荘の考えは、日本に渡来後、少々異なった感じになったようです。中国、と敢えて総称しますが、中国においては、矛盾したものは、そのまま存在するものと見なし、要は、共存に近いような考えを生み出したように思います。しかし、日本においては、「即ちの論理」が生まれ、「すべてが同じもの」になったとの指摘があります。つまり、日本においては、矛盾したものは、結局同じもの、ということです。

 

上記を中国と日本が産み出したものに当てはめると、前者は「一国二制度」であり、後者は「和」の考えであり、個人的に、独り、納得しているところです。一本の映画を見ても、人によって感想が異なるように、思想等も、文化によって、解釈が異なるのでしょう。それもまた、当り前と言えば、当り前です。

 

けれども、無即有、有即無のような考えを持っていた老子が、「大器晩成」という、いわば有を強調しているような言葉を述べたということは、非常に興味深いことのように思います。もしかしたら、「大器晩成」とともに、彼の代名詞でもある「無為自然」ということも、決して忘れていなかったのかもしれません。それこそ、すなわち、「大器晩成即無為自然」、「無為自然即大器晩成」です。またも、話が脱線してしまいましたが、それだけ、わたしにとっての島津亜矢は、トピックになり易い要素が、たくさん詰まっている、ということです。(^。^)

 

長くなりました。今回もまた、だらだらとつまらないことを述べ、乱筆乱文の至りですが、ここまでお読みいただけましたら、誠にうれしい限りです。次回もまた、よろしくお願いします。

 

 



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