格好良さを飛び越える カバー曲 漁歌

ファンの方なら、ご存知のことかと思いますが、島津亜矢は、数多くのカバー曲を歌っています。いずれの曲も、いわゆる昭和の流行歌や歌謡曲、あるいは、ニューミュージックと呼ばれるものですが、どの曲にも、島津亜矢らしさで包まれている、と感じます。正直、本人よりも、似合い過ぎているのでは、とも思い、持ち歌当人は元より、ファンの方々にも失礼かもしれません。けれども、島津亜矢の歌声には、それ程までに感じさせる魂のようなものがあると思います。

 

かつての日本には、言霊という物の見方があり、神道の祝詞などにも、反映されているといいます。大袈裟かもしれませんが、島津亜矢の歌声には、言霊にも通じるようなものを感じてなりません。今回お話する「漁歌」も、島津亜矢の歌声に乗ると、わたしの中では、呼応する何かがあります。より感じやすくなり、何度も聞きたくなり、人知れずそっと見つめていたい、そんな衝動に囚われます。もっとも、マンション住まいなので、音楽をかける時は、必ずヘッドホンを使っています。(^。^) いずれにせよ、島津亜矢の「漁歌」にも、魂と呼べるようなものを感じ、彼女の歌声の方が、この歌をしっかりと表現しているのでは、とやはり、失礼なことを思っています。

 
 

「漁歌」は、1983年にリリースされ、演歌の大御所と言えるサブちゃんこと、北島三郎の持ち歌です。同年のNHK紅白歌合戦の中でも登場し、年配の方なら、すでにご存知かもしれません。この曲は、端的に言えば、男の歌であり、タイトル通り、漁に出て行く大黒柱の「お父さん」が、主人公です。カツオ漁の時期が到来し、家族のために危険な海に出る、そんな風景が、この歌を聞くと、脳裏に浮かんできます。短い言葉の中にも、長い物語をかいま見るような思いになります。

 

この歌がリリースされた当時、わたしは、中学生でした。島津亜矢版を聞いた時、耳にしたことがあると思いましたが、明確な記憶はありません。こんなわたしでも、人並の心があるのか、中学生になると、洋楽に傾いてしまい、演歌や歌謡曲の存在を知っていたとしても、それほどのめり込むことはありませんでした。「漁歌」も、北島三郎の代表曲と言えるのでしょうが、わたしの中では、北島三郎と言えば、小学生の時に一世を風靡した「与作」であり、これこそ、サブちゃんの曲、と思ってしまいます。

 

こういう疎遠と言えるものが、島津亜矢の「漁歌」に反映していることは否定しません。聞いたことがあるという懐かしさがあっても、彼女の歌声に、新鮮さを感じ、そちらの方に、比重が傾いてしまいます。もちろん、陰ながら応援している中年オヤジの一人であることも、作用していると思います。そうは言っても、島津亜矢の歌う「漁歌」には、判官贔屓のようなものをも飛び越えるものがあると思います。彼女の重たく広がりのある歌声を通し、海に生きる男の姿が、自然と眼前に照らし出されるようにも思います。

 
 

わたしは、初めて、島津亜矢の「漁歌」を聞いた時、何とも言えない気分になりました。確かに、歌詞には、昔ながらの男の格好良さも描かれ、「無法松の一生」や任侠モノなどにも、通じるものでしょう。持ち歌当人の北島三郎には、そんな格好良さが実に似合い、わたしも耳にしましたが、ああ、やっぱり男だ、という感じです。けれども、敢えて言えば、男の格好良さは、表面的なことであり、その底にあるものが、実は、大事なようにも思います。それが、島津亜矢の歌声に乗ることで、見事に表に現れているように思います。

 

上記で、何とも言えない気分と書きましたが、それを言葉にすれば、哀しさになります。哀愁、哀切、さらには、切なさとも言え、感傷的でありながらも、どこか捨て切ることのできない、もやもやっとしたものが、島津亜矢の歌声によって、わたしの心を震わせました。テレビ朝日「TVタックル」が、”関口宏の~”と名乗っていた時、わたしは、毎週のように見ていました。北野武ことビートたけしが、司会者ではなく、コメンテーターのような役割をし、さすがにお笑い芸人、というギャグを連発していました。

 

ある時、「お父さん」のトピックになり、おとっさんというのは、かわいそうな存在だから、というコメントを聞き、10代のわたしでしたが、実に共感した思い出を持っています。現代はそんな時代ではない、と言われればその通りでしょうが、「お父さん」というのは、外へ出掛ける、一家の大黒柱であり、第一の稼ぎ手であることは、確かでしょう。

 

今では変わってしまった家庭も多いかもしれませんが、仕事で抱えたストレスを持ちながら、酒を飲んだり、ギャンブルをしたり、人によっては、多弁な人もいれば、そうでない人もいるでしょう。時に八つ当たりをすることもあれば、時にとても優しくなり、感情的でないように振る舞いながらも、どこか人間臭さを隠せないでいます。こんなどうしようもない「お父さん」という存在は、わたしのような者には、弱さがありながらも、弱さを表に出さないようにし、誤魔化し誤魔化し生きている、と思わせます。ビートたけしの言った、かわいそうには、こういう弱さが込められているようにも思い、やはり、哀しくなります。

 

「漁歌」の詞に、こんな一節があります。

 

♪ 俺が海で死んだらよ 可愛い女房(おまえ)と子供はよ
♪ どうして生きる 嵐にゃ負けるものかよ ※ 歌詞 漁歌 (Uta-Net : おまえは、管理人追加)

 

人によっては、これをナルシズムと感じるかもしれません。しかし、そうであるなら、答えは簡単だと思います。わたしの大好きな故池田晶子は、ある書物の中で、歴史を特集したTVを見ると、涙が出ると語っていました。「映像の世紀」のような番組のことですが、彼女によれば、戦いを続けてまで生き延びようとする姿に、哀しみを感じるとのことです。そこには、どうしても「なぜ?」という疑問が湧き、結局は、「わたしとは、何?」に至るのでしょうが、ここでは、これ以上のことを、話さないようにしておきます。(^。^)

 

ともあれ、人は何かのために献身し、そのことのために生きる、という性質を持っているのかもしれません。それは、集団主義のなせる技、という人もいるかもしれませんが、逆と思われる個人主義もまた、自分という個人のために生きる考えであり、何かのため、という点では、集団主義と変わりないように思います。

 
 

少々話がずれたようですが、島津亜矢の「漁歌」には、哀しさを感じます。危険な海に出掛けてまで、女房子供のために、稼せごうとし、しかも、粋に振る舞おうともする、その姿勢に、島津亜矢の歌声が、ピタリとハマッているように思います。「漁歌」は、先にもお話したように、男歌です。けれども、島津亜矢にとって、そういう男だの女だのという枠組みは、関係ないように思います。またも故池田晶子の言葉ですが、ロゴスは、性を超えると言っていました。ロゴスまで至らなくても、ある枠組みを越えれば、そこには、区別のない、何かが広がっているようにも思います。

 

やはり、わたしは、島津亜矢の「漁歌」が、大好きです。

 

 



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