過去に彩りを与える発掘者 人生劇場

2010年10月6日に発売された、島津亜矢のCDアルバム「男歌・女歌II」には、様々な曲が収録されています。中でも、「人生劇場」については、わたしなりに印象深い一曲となっています。声からして最近のものではなく、おそらく10代、あるいは、20代初め頃の録音でしょう。若々しさにみなぎられ、初々しさも感じられます。同日発売されたCDアルバム「BS日本のうたⅥ」でも、「北の漁場」が、同様な歌い方となっています。これもまた、「男歌・女歌II」と「BS日本のうたVI」のユニークな点でしょう。

 

けれども、若々しさと初々しさがあるからと言って、マイナスな面はなく、島津亜矢は、やはり、島津亜矢だと思います。年配の方ならご存知かと思いますが、「人生劇場」は、義理と人情の歌であり、まさに、男を前面に出した一曲です。女性のことも出て来ますが、それもまた、昔ながらの男側からの観方です。「男歌・女歌II」では、「男歌」の一曲となっていますが、それは、その通りでしょう。

 

 
 

いわば、男の中の男の歌を、島津亜矢は、しっかりと自分のものにしていると思います。独特の広がりを持った重厚感の声色が、聞いている側の心に、ぐさりと刺さってくるように思います。しかし、厳しさや痛さというよりも、どこかしら優しさがあり、これは、島津亜矢が歌ういずれの曲にも、感じられるものです。持ち歌でも、他人の楽曲においても、同様であり、わたしには、やはり、このサイトでもお話した「流れて津軽」のように、島津亜矢には「はは」を感じてしまいます。

 

こういう感覚を得ているからでしょう。島津亜矢の「人生劇場」を聞くうち、自然と自分の過去が脳裏に浮かびました。嫌なことも嬉しいことも、楽しいことも苦しいことも、まるで映画のフィルムのように流れて来ました。歌詞の内容は、わたしの過去とは、ずいぶん遠いものです。けれども、そのメロディーと島津亜矢の歌声が、自分の道程と重なり合ってしまいました。齢40にもなると、それなりに自分を振り返ることがあり、有名人であろうと一般人であろうと、生きていれば、それなりのものがあると思います。もしそうでなかったら、小説や映画などの創作物も生まれなかったでしょう。

 

まさに、「人生劇場」のように思います。

 

このサイトでも何度もお話しているように、島津亜矢は、何を歌っても、一流のように思います。聞く度、ああこんな歌があったと思い返したり、あるいは、再発見をさせてくれます。レビューにも書いていますが、わたしにとっては、「千の風になって」が、その代表的なものです。

 

わたしは、ふと思いました。島津亜矢は、音楽界の発掘者のような歌手。(^。^) 過去の歌を掘り出し、磨き上げ、そうして、自分なりのものにする。それは、歌手としては、当り前のことかもしれず、多くの歌い手が、カバーなどで、そういう自分自身を表現していることでしょう。しかし、少なくとも、わたしにとっては、単なるカバーは、懐かしさだけであり、そこに、自分なりの解釈も加えてみたい、とはなりません。

 

村田英雄の「人生劇場」も、幼い時から知ってはいました。率直な感想は、何を言っているんだこのオッサンでしたが(笑)、やはり、時の積み重ねは、大事なのでしょう。たとえ歌い手が異なったとしても、「人生劇場」について、ここでこんなことを書くようになるとは、思いもしませんでした。これもまた、島津亜矢のおかげであり、彼女の歌声に、わたしの感性が呼応したからでしょう。

 
 

ところで、「人生劇場」は、、村田英雄の代表曲とお話しましたが、実は、太平洋戦争前に製作され、日本の昭和激動期に発表された楽曲です。このサイトでも取り上げた「無法松の一生」の原作が、1939年に連載を始め、「人生劇場」とほぼ同時期です。そういう時代的背景があるためか、「人生劇場」と「無法松の一生」には、似たような一面があると思います。面白いことに、楽曲の「無法松の一生」も、村田英雄が歌い、歌詞の世界観を見事に表現しています。確かに「人生劇場」は、カバーの一曲でもあるのでしょうが、「人生劇場」も「無法松の一生」も、すでに村田英雄のオリジナルと言っても、過言ではありません。

 

また、これは皮肉なことかもしれませんが、「人生劇場」のような義理と人情の世界は、安保闘争世代に、非常に好かれていたと言います。機を一にしてか、村田英雄版「人生劇場」がリリースされたのは、1959年であり、安保闘争の始まる前年になります。さらに、60年代から70年代に掛けては、高倉健などを筆頭とする東映任侠映画が人気を呼び、その時代は、安保闘争世代とも重なります。

 

ある批評家によれば、義理と人情の世界と革命を融合させようとしたところに、日本の安保闘争の限界があったとのことですが、それもまた、後世の一人であるわたしからすれば、否定すべき意見ではないようにも思います。安保世代と言えば、団塊世代でもあり、よくよく見れば、戦後日本の一番の恩恵を得ている世代でもあるでしょう。実際、日本の高度成長を作り上げたのは、
戦争に参加した世代であり、団塊世代はその子供たちです。親に反抗するのは、子の自然な姿とも言えますが、勝ち切ることができず、結局、親の作った組織に属し、そうして、挙句の果てにバブルを生み、崩壊し、今日では、いわゆる現役世代から引退、となっているように思います。

 

団塊世代に属する人には、失礼かもしれず、また、世代論云々を言っても仕方ないと思っているわたしですが、遅れて生まれた人間には、実に無責任なように感じてしまいます。丸山正男が指摘した、日本の無責任体制が脚光を浴びたのも、安保闘争の時代と同じ頃だと思います。わたしのような、どうしようもない者でも、丸山正男の指摘を今だ克服できていないのでは、と思ってしまいます。

 

もっとも、これは、歴史的に遅れて来た者の勝手な見方であり、結果論に過ぎないとも思います。さらに時代が経ち、後世の人間が現在を見た場合、批判の対象になるのは、明らかでしょう。格好付けて言えば、それもまた、人間の業であり、「行く河の流れは絶えずして~」であると思います。(^。^)

 
 

少々話がずれてしまった感じですが、「人生劇場」には、日本人の伝統的な心とも言える「義理と人情」が表現され、そのため、今でも根強い人気があると思います。島津亜矢の歌声が、そういう楽曲にも似合っているとは、ファンの方々なら、すでにご承知のことと思います。齢40になって振り返ることがあるとお話しましたが、そういう気持ちに呼応するような楽曲が他にもあり、是非、島津亜矢に歌って欲しいと思っています。

 

リクエストとしては2曲あり、「傷だらけの人生」と「修羅の花」です。面白いことに、この両曲とも、70年代の曲であり、わたしの生まれた頃のものです。ご存知の方も多いかと思いますが、「傷だらけの人生」には男の、「修羅の花」には女の情念が表現されているように思います。島津亜矢が歌っていると聞いたことはなく、今後、どららも、あるいは、どちらかでも、披露してくれないかなと、心密かに願っています。

 

ちなみに、島津亜矢のCDアルバム「男歌・女歌II」には、わたしにとって、懐かしい曲があります。それは、「浪漫~ROMAN~」で、山本譲二と木梨憲武のデュエット曲です。今回のアルバムを聞き、こんな歌があったな、と思い出しました。やはり、わたしにとって、島津亜矢は、過去に彩りを与える発掘者、となっています。

 

今回も、だらだらと、まとまりのない言葉を並べてきましたが、次回もまた、よろしくお願いします。

 

 



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