聞けば聞くほど味が出る 風そして花

わたしの拙いブログである「極東の空から」(すでに閉鎖)でも、「風そして花」の在庫状況などを紹介しましたが、とうとう曲自体をフルで聞くことができました。紹介しているくせに、とお思いになるでしょうし、また、わたしもそう思います(笑)。けれども、先月(2010年4月)発売されたばかりの新曲ということで、お許し下さい。m(__)m

 

さて、まずは、敢えてマイナスなことからお話します。わたしは、音楽関係のプロではなく、また、先を読み切れる特別な人間とも思っていませんが、一人のリスナーとして見たところ、「風そして花」は、大ヒット間違いなしという曲ではないようです。生意気にも乱暴な言い方をすれば、今時70年代フォーク風の曲調に、少々演歌の味をまぶした曲が、人気を呼ぶか?、と思うからです。確かに、懐古趣味の延長で、「青春歌謡」などのCDも出ていますし、わたしの拙いブログ「極東の空から」も、大衆化全盛時代の懐古趣味ばかりです。(^。^)

 

そうは言っても、音楽ジャンルは、売り手が作り出したものであり、聞き手としては、そんなもの関係ないと言えば、関係ないです。文学の自然主義やら、耽美派やら、無感覚、無頼などと同様、ジャンルというのは、単なる認識の道具のように思います。現に、J-POPというジャンルにも、フォーク調や70年代80年代の歌謡曲風のものがリリースされ、言ってしまえば、何でもありです。そんな中で、演歌というものは、はっきり区別できるように思います。一素人からですが、演歌独特の曲調は、情報化社会の今日においてさえ、日本には、健在ということです。

 

少々話がずれてしまいましたが(笑)、「風そして花」は、上記のように、大ヒットする曲のようには思いません。けれども、そうだからと言って、この曲の質が劣っているとは、少しも思いません。率直なことを言えば、ファンである島津亜矢が歌っているのだから、彼女の歌う曲は何でもいいと言えるでしょう。しかし、それを抜きにしても、この曲には、独特の味があるように思います。

 

作詞作曲が「しおさいの詩」、「シクラメンのかほり」などで有名な小椋桂です。彼独特のメロディーであり、冒頭の方でいったように、フォークの流れに、演歌が乗っているような感じです。言い換えれば、フォークというスープに、演歌と言う調味料が加わったようです。演歌特有の感傷さもありますが、小椋桂らしい爽やかさもあり、そこに島津亜矢の重量感のある声が加わり、タイトルにある風と花を背景にした世界が、耳を傾けているうちに、イメージ化されて来るようです。

 
 

またまた紹介しているくせにと怒られそうですが(笑)、試聴段階では、捉えどころのない曲のように思いました。おそらく島津亜矢の熱情というイメージが、強かったのかもしれません。しかし、テイチクレコードのキャッチコピーにあるように、島津亜矢のボーカリストしての幅広さを証明しているようにも思います。

 

わたしなりに端的に表すれば、「風そして花」は、スルメのような曲です。聞けば聞くほど味があり、やはり、試聴でなく、フルで聞くのが、この曲の良さを感じられるのでは、と思いました。(^。^)

 

また、この曲で、印象に残っているものがあります。キーフレーズでもあるのかもしれませんが、21世紀の世の中で、「女御(おなご)」というフレーズを使っていることです。日常ではほとんど聞かず、主に時代劇の中での言葉でしょう。しかし、それを使うことで、演歌の味を醸し出し、詞の中の語り手が、心からの想いを発しているようにも感じます。

 

わたしは、たまたま70年代に生を受けた人間であり、自然と、歌謡曲と呼ばれるジャンルに親しみを持ちます。すでにレトロのように扱われている歌謡曲ですが、「風そして花」には、歌謡曲全盛時代の香も漂っているように感じます。大ヒットはないだろうと言いましたが、少なくとも現時点(2010年5月)では、島津亜矢ファンにとって、彼女の違った一面を堪能させてくれる一曲にも思います。もしかしたら、時が経てば、この曲の評判が上がるかもしれません。しかし、それが確実であるとは、言うまでもなく、誰もわからないでしょう。(^。^)

 

ちなみに、このページのタイトルに、「聞けば聞くほど味が出る」とありますが、「大器晩成」の個別レビューでも、似たような言葉遣いをしています。おそらく彼女のファンの中には、「大器晩成」が好きな人も多いと思いますし、わたしも、そのうちの一人になるでしょう。この曲から感じ取れる、日常の有難さと雄大さが、島津亜矢の歌声に、非常に似合っていると思います。よろしければ、下記もご覧下さい。

 

 

今回は、これまでになります。

 

 



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